2018年08月20日

奔流

体調をなかなか整えきれずに保留し続けてきてしまった観たい映像、聴きたい音楽、読みたい本が山のようにある。視覚と聴覚そして記憶が今も完全には戻りきれていないので無理もないことなのだが、今になってまるで目が覚めたかのように思えるほど我慢していたものたちがせめぎ合っていて、心急く思いが奔流のようにほとばしり出るのを感じている。

ここまでを書いて昨夜は臥せってしまい、今日もまた気力体力戻らずにこの時間まで身動きがとれずにいた。視覚と聴覚はもちろんのこと、数々のショックのあまり失われた記憶の多くが戻らぬままであることにかなりの危機感を覚えている。観てきた映画、聴いてきた音楽、読んできた本のタイトルとプロットまでは思い出せても実質的な内容が未だ完全には伴わないのだ。観て聴いて読んだものたちがいずれも血肉となっているのでその点においては悲観せずにいられるのだが、日々何事かを記す試みにおいては具体性が希薄で大きな障害となっている。心癒やされればいずれは戻ると思っていたものたちが実際に戻るまでは、たとえ抽象性が際立つとしても叶う限りを記していこうと心に誓い今日までは来た。けれど、書ききりたい感じきりたい衝動が高じてくると、思い出しきれないものたちが多くあることにたまらないほどのもどかしさがこみ上げてくる。大丈夫だろうか。私は本当に大丈夫だろうか。不安よぎるも今はただただ前進あるのみだ。負けずにいこう。

心の底からの深い愛と真心、感謝の気持ちをこめて。
posted by フェリックス at 23:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする