2020年02月02日

体系的な情報群を

ことば綴ろうとして言葉が舞い降りる瞬間が何故か確実に増えてきている。個人的にはかなりの戸惑いを感じているのだが、今の世に活きる方策を模索しながらの道のりにおいて、舞い降りてなおかつひとりでに形を成す言葉たちを蔑ろにはできないような気持ちになっている。一時的に本道から大きく逸れるようなものなので切迫感が半端ではない。けれど、それらの言葉たちにもスポットライトを当ててやる必要性があるように思えてならないのだ。許していただけるだろうか。(もしもお許しいただけるのなら)引き続き本道に戻れるよう努める覚悟をもって、試みに一度載せてみたい(お急ぎの場合は読み飛ばしていただきたい)。

負荷による心身への負担大きく、回復のためにさまざまな方策を用いながらの前進を何とか試みている。それらには対症療法的なものもあれば根本治癒をめざすものもあるのだが、先を急いでいる今はどうしても前者の比率が高くなる。痛みに対する痛み止めひとつをとってみても、西洋医学的な方策にはどうしても副作用がつきものだ。また、痛み止めによる胃の痛みには胃薬というふうに、摂取している薬によっては連鎖反応的に量と種類が増えていく傾向がある。その観点に立つと、東洋医学や代替医療の分野に解決策を見出していくことになるのだが、その道のりは決して平坦ではない。世の中にはありとあらゆる情報があふれているので、その気になれば居ながらにして多くのアイディアを手にすることができる。けれど、それらの有効性は実際に試してみるまではなかなかわからないものだ。特に、国内における代替医療の分野は(以前に比して充実した情報が蓄積されてはきているものの)まだまだ周知の域には達していないと言えるだろう。そんな時に役立つのが、先達によってもたらされる(できればその方自身の体験から導き出された)処方箋の数々なのだが、人はそれぞれに置かれた状況や体質のようなものが異なるので、一人一人の手による単発的な情報(それらが参考になることはありながらも)よりは、可能であれば、それぞれの前提となる状況と体質を明らかにした上での体系的な情報群(データベース)のようなものが有用になるのではないだろうか。

自身の体調を整えながらの前進の過程で零れ落ちた「言葉たち」がいつの間にかこのような形を成してしまった。実は、最近、このようなことが頻繁に起きていてかなりの当惑を禁じ得ない日々が続いている。横道に逸れてしまったようで大変恐縮(もしかしたら現状においては自身の胸の内に留めおいたほうが良いのかもしれない)なのだが、これもまた一連の流れの中でもたらされた副産物のようなものとして載せてみてもお許しいただけるだろうか。

何としても先を急ぎたい、その一念に駆られながら。
叶う限り「ことばたち」のほうをクローズアップしていきたい。

いつでもどんな時でも変わらぬ
心の底からの深い愛と真心、感謝そしてお詫びの気持ちをこめて。

かけがえのないあなたへ。

posted by フェリックス at 22:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする